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      <title>百人一首ガイド</title>
      <link>http://www.100karuta.com/</link>
      <description>小倉百人一首を挿絵と音声とともに紹介しています</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 05 Jan 2010 15:59:57 +0900</lastBuildDate>
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      <item>
         <title>道因法師（どういんほうし）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>思ひわび　さてもいのちは　あるものを
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>憂きにたへぬは　涙なりけり
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
おもいさび　さてもいのちは　あるものを<br>
うきにたえぬは　なみだなりけり
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
つれない恋の辛さに思い悩んでいても、かろうじて命は繋がっているのに、涙は耐え切れずに流れ落ちてしまいます。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
つれない恋の痛みの歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：道因法師（どういんほうし）<br>
性別：男性<br>
生没年：不詳<br>
藤原清孝の子で、名前は藤原敦頼といいます。<br>
歌道に熱心で、八十歳になっても「秀歌が詠えますように」と住吉明神に徒歩でお参りし、九十歳を越え耳が遠くなっていても歌会に出席し、<br>
講師の話に熱心に耳を傾けていました。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
この歌は、「失恋の歌」と「片思いの歌」の二つの解釈があるようです。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/090karuta9/082.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">090karuta981番～90番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">23050onjkaた行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:59:57 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>待賢門院堀川（たいけんもんいんのほりかわ）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>長からむ　心も知らず　黒髪の
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>乱れてけさは　物をこそ思へ
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
ながからん　こころもしらず　くろかみを<br>
みだれてけさは　ものをこそおもえ
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
末永く心は変わることがないといいますが、人の心は移りやすいので、黒髪が寝乱れるように、私の心も乱れています。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
初めて一夜を共にした朝の不安な思いの歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：待賢門院堀川（たいけんもんいんのほりかわ）<br>
性別：女性<br>
生没年：不詳<br>
源顕仲の娘で、姉妹も有名な歌人です。<br>
藤原忠通女房堀川と　同一人物ではないかという説がありましたが、現在では別人と考えられています。<br>
待賢門院と通じ、西行とも親交があったようです。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
恋をテーマにした歌で、後朝の返歌として作られました。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/080.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/080karuta8/080.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">23050onjkaた行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:52:23 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>源兼昌（みなもとのかねまさ）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>淡路島　かよふ千鳥の　鳴く声に
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>幾夜ねざめぬ　須磨の関守
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
あわじしま　かようちどりの　なくこえに<br>
いくよねざめぬ　すまのせきもり
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
淡路島へと飛ぶ千鳥の鳴き声で、須磨の看守は何度夜に目覚めたことだろう。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
須磨の旅中の哀感を詠んだ歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：源兼昌（みなもとのかねまさ）<br>
性別：男性<br>
生没年：不詳<br>
美濃守源俊輔の子で、はっきりとした生没年は分かっていませんが、1128年頃までは生きていたようです。<br>
晩年には出家しました。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
この歌が詠まれた時代には須磨の関所は存在していなかった事から、「源氏物語」の光源氏が、不倫がばれて流された事の寂しさを思って詠んだ歌ではないか、といわれています。
</p>
<p>
[map_tb:兵庫県洲本市安乎町山田原] 
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/078.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">26050onjmaま行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:47:09 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>法性寺入道前関白太政大臣（ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>わたの原　こぎ出でてみれば　久方の
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>雲ゐにまがふ　沖つ白波
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
わたのはら　こぎいでてみれば　ひさかたの<br>
くもいにまがう　おきつしらなみ
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
大海原に船を漕ぎ出して海を眺めてみると、雲だと思ってしまうほとに白い波が立っているよ。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
空の雲と白波の境界線が分からないほど同化している風景の歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：法性寺入道前関白太政大臣（ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん）<br>
性別：男性<br>
生没年：1097～1164年<br>
関白忠実の長男で、藤原頼長の兄にあたり、名前は藤原忠道といいます。<br>
政治界のトップに君臨した人物ですが、文化人で人柄にも優れた人であったようです。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
崇徳上皇がまだ天皇だった時に、「海を眺めた内容の歌を詠め」と言われ、詠んだ歌です。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/076.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">25050onjhaは行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:12:27 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>祐子内親王家紀伊（ゆうしないしんのうけのきい）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>音にきく　たかしの浜の　あだ波は
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>かけじや袖の　ぬれもこそすれ
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
おとにきく たかしのはまの あだなみは<br>
かけじやそでの ぬれもこそすれ
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
有名な高師浜にうちつける波はいりません。<br>
袖が濡れてしまうのは嫌ですから。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
プレイボーイと名高い男を拒む歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：祐子内親王家紀伊（ゆうしないしんのうけのきい）<br>
性別：女性<br>
生没年：？～1113年<br>
平経方の娘・源忠重の娘・藤原師長の娘など、色々な説があり、正確な所はわかっていませんが、歌の才能に優れており、多くの恋の歌を残しています。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
堀川院の艶書合わせの歌会の、返しとして詠んだ歌です。<br>
この歌を書いた時の祐子内親王家紀伊は70歳で、あくまでも行事の一環の歌であり、恋人関係に贈った歌ではありません。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/072.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/080karuta8/072.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">27050onjyaや行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:12:19 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>源俊頼朝臣（みなもとのとしよりのあそん）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>憂かりける　人を初瀬の　山おろしよ
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>はげしかれとは　祈らぬものを
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
うかりける　ひとをはつせの　やまおろしよ<br>
はげしかれとは　いのらぬものを
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
つれない人が振り向いてくれるように願いを掛けたはずなのに、山から吹き降ろしてくる風のように冷たくなるばかりです。<br>
そんな風になれと、願ってはいないのに。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
冷たい人に願掛けをしたけれど叶わなかった歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：源俊頼朝臣（みなもとのとしよりのあそん）<br>
性別：男性<br>
生没年：1055～1129年<br>
源経信の子にあたり、当時の歌の世界で新風を巻き起こしたと言われる人物です。<br>
「金葉秀」の撰集も行いました。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
権中納言俊忠の家で、「祈れど不逢恋といへる心」を題にして詠われた歌です。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/074.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">26050onjmaま行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:10:14 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>崇徳院（すとくいん）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>瀬をはやみ　岩にせかるる　滝川の
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>われても末に　あはむとぞ思う
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
せをはやみ　いわにせかるる　たきがわの<br>
われてもすえに　あわんとぞおもう
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
流れの速い川は、水が岩によって二つに別れようとも最後にはまた一つに戻るように、私達もまた何処かで逢えるはずです。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
仲を裂かれてもいずれは一緒になるだろうという恋の歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：崇徳院（すとくいん）<br>
性別：男性<br>
生没年：1119～1164年<br>
75代天皇。<br>
崇徳院は保元の乱により讃岐（香川県）に流されて、髪はのびほうだい、爪を切ることもなく、怒りに燃えた顔つきで一生を終えたと伝えられる。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
元歌は崇徳天皇本人が詠んだ「久安六年御百首」の「ゆきなやみ　岩にせかるる滝川の　われても末にあはんとぞ思ふ」で、<br>
「詞花集」に収録するにあたって改作したようです。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/077.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/080karuta8/077.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">22050onjsaさ行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:05:16 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>権中納言匡房（ごんちゅうなごんまさふさ）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>高砂の　をのへの桜　咲きにけり
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>外山のかすみ　立たずもあらなむ
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
たかさごの おのえのさくら さきにけり<br>
とやまのかすみ たたずもあらなん
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
遠くにある山の峰の桜が咲いたようです。<br>
人里が近い山の霧よ、桜が見えなくなってしまうので、どうか出てこないで下さい。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
桜を見たいと願いを込めた歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：権中納言匡房（ごんちゅうなごんまさふさ）<br>
性別：男性<br>
生没年：1041～1111年<br>
学者が多い大江家出身で、名前が大江匡房といいます。<br>
後冷泉・後三条・白河・堀河の四天皇に仕え、政治家としても活躍しました。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
内大臣藤原師道が主催した、春の宴で詠んだ歌です。<br>
近くの桜ではなく、遠くの桜に対する歌を詠もうという趣旨で作られました。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/073.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/080karuta8/073.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">21050onjkaか行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 14:52:52 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>後徳大寺左大臣（ごとくだいじさだいじん）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>ほととぎす　鳴きつる方を　ながむれば
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>ただありあけの　月ぞ残れる
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
ほととぎす　なきつるかたを　ながむれば<br>
ただありあけの　つきぞのこれる
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
ほととぎすが鳴いた方を眺めてみると、そこにはただ明け方の月が残っているだけでした。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
ほととぎすと月があった空間を詠んだ歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：後徳大寺左大臣（ごとくだいじさだいじん）<br>
性別：男性<br>
生没年：1139～1191年<br>
藤原公能の子で、名前は藤原実定です。<br>
漢詩・和歌・管絃に優れ、蔵書家でもありました。<br>
歌詠みが家風のという家で育ち、自宅には「歌の間」という部屋を必ず作っていました。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
歌の中の「ながむれば」思いに耽りながら見たという考えと、ただふと見たという二つの解釈があるようです。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/090karuta9/081.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/090karuta9/081.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">090karuta981番～90番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">21050onjkaか行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 14:46:04 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>持統天皇（じとうてんのう）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>春すぎて　夏来にけらし　白たへの 
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>衣ほすてふ　天のかぐ山
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
はるすぎて　なつきにけらし　しろたへの<br>
ころもほすてふ　あまのかぐやま
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
春は早くも過ぎていき、夏が訪れたようだ。<br>
衣替えを思わす白い布が向こうに見える香具山でひるがえっているよ。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
夏を感じさせる自然的な景色を描いた歌。
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：持統天皇（じとうてんのう）<br>
性別：女性<br>
生没年：645～702年<br>
第41代天皇で、天智天皇の娘であり天武天皇の皇后です。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
香具山には神様がいると伝えられており、この神は衣を濡らして言葉の真偽を確かめたと言われていました。<br>
その伝説をふまえて、持統天皇は歌ったのかもしれません。<br>
また、夏を迎える準備を見て歌ったのではなく、実は冬物をしまう時の虫干しなのではないかという説もあるようです。
</p>
<p>天香具山（あまのかぐやま、あめのかぐやま）は、奈良県橿原市にあります。</p>
<p>[map_tb:奈良県橿原市下八釣町]</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/010karuta1110/002.html</link>
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         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 14:43:54 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>藤原基俊（ふじわらのもととし）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>契りおきし　させもが露を　いのちにて
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>あはれ今年の　秋もいぬめり
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
ちぎりおきし　させもがつゆを　いのちにて<br>
あわれことしの　あきもいぬめり
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
「任せておきなさい」という、恵みの露のような貴方の約束を頼りに待ち続けていましたが、ああ、今年の秋もむなしく過ぎ去っていくようです。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
約束が果たされなかった事を悲しむ歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：藤原基俊（ふじわらのもととし）<br>
性別：男性<br>
生没年：1060～1141年<br>
右大臣藤原俊家の子で、名門の生まれですが、昇進には恵まれませんでした。<br>
歌の才能も持っていましたが、人格のせいであまり評価されなかったようです。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
出家している息子を出世させようと働きかけ、約束までこぎつけたのに、約束が果たされなかった事について問いただす意味で贈った歌です。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/075.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/080karuta8/075.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">080karuta871番～80番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">25050onjhaは行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 14:18:47 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>左京大夫顕輔（さきょうのだいぶあきすけ）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>秋風に　たびなく雲の　たえ間より
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>もれ出づる月の　かげのさやけさ
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
あきかぜに　たびなくくもの　たえまより<br>
もれいずるつきの　かげのさやけさ
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
秋風にたなびく雲の隙間から、漏れてくる月の明かりの澄み切った美しさよ。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
秋の月夜の美しさを詠った歌。
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：左京大夫顕輔（さきょうのだいぶあきすけ）<br>
性別：男性<br>
生没年：1090～1155年<br>
藤原顕子で、名前は藤原顕輔といいます。<br>
近臣として昇進しますが、後に疎外され、天皇没後にまた政界に復帰しました。<br>
「詞花集」の撰者で、顕輔の周りには優れた歌人が沢山いたそうです。<br>
末っ子でしたが、歌の才能が認められ、藤原家の跡継ぎとなっています。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
この歌は、「崇徳院に百首の歌奉りけるに」とある中の一首になります。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/080karuta8/079.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">22050onjsaさ行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 13:58:58 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>俊恵法師（しゅんえほうし）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>夜もすがら　物思ふころは　明けやらで
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>閨のひまさへ　つれなかりけり
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
よもすがら　ものおもうころは　あけやらで<br>
ねやのひまさえ　つれなかりけり
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
つれない貴方を想う夜は、寝室の隙間さえもそっけなく感じとれるほど、朝の光がなかなか刺し込んできません。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
来てくれない男を恨めしく思う歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：俊恵法師（しゅんえほうし）<br>
性別：男性<br>
生没年：1113～?年<br>
源俊頼の子で、本名は不明ですが、祖父・父・本人と三代に渡って百人一首に載っています。<br>
10歳の時に父が亡くなり、その前後に出家しました。<br>
自分の家を「歌林宛」と名づけ、身分を問わない自由な歌会を催して楽しみました。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
俊恵法師が、「恋の歌とて詠める」の題で、女性の立場として詠った歌です。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/090karuta9/085.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/090karuta9/085.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">090karuta981番～90番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">22050onjsaさ行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 13:56:44 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>皇太后宮大夫俊成（こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>世の中よ　道こそなけれ　思ひける
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>山の奥にも　鹿ぞ鳴くなる
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
よのなかよ　みちこそなけれ　おもいいる<br>
やまのおくにも　しかぞなくなる
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
世の中という道から逃れる道は、存在しないと思いましょう。<br>
こんな山奥でも鹿が悲しげに鳴いている。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
世の中の苦しみから逃げる手立てはないという悲しさの歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：皇太后宮大夫俊成（こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい）<br>
性別：男性<br>
生没年：1114～1204年<br>
藤原俊忠の子で、名前は藤原俊成といい、この百人一首を作った藤原定家は子にあたります。<br>
藤原俊成が歌を詠むときは、常に古い着物を着て正座をし、桐の火鉢を抱きながら詠んでいたそうです。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
藤原俊成が27歳になった節目として詠んだ歌です。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/090karuta9/083.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">090karuta981番～90番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">21050onjkaか行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 13:49:30 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>藤原清輔朝臣（ふじわらのきよすけのあそん）</title>
         <description><![CDATA[~~<p>
（上）<br>ながらへば　またこのごろや　しのばれむ
</p>
<p>
~~<p>
（下）<br>憂しと見し世ぞ　今は恋しき
</p>
~~<p>
[mp3:<$MTBlogURL$>song/<$MTEntryBasename$>.mp3:<$MTEntryTitle$>]
</p>
~~<p>
<strong>読み</strong><br>
ながらえば　またこのごろや　しのばれん<br>
うしとみしよぞ　いまはこいしき
</p>
<br clear="all">
<h4>現代語訳</h4>
<p>
もしこの世に長く生きていけるなら、今起こっている辛いことも懐かしく感じられるのでしょうか？<br>
辛いと感じた過去さえも、今では恋しいのですから。
</p>
<h4>解釈</h4>
<p>
つらく悲しい現実を乗り越えるための歌
</p>
<hr>
<h5>作者とプロフィール</h5>
<p>
名前：藤原清輔朝臣（ふじわらのきよすけのあそん）<br>
性別：男性<br>
生没年：1104～1177年<br>
藤原顕輔の子ですが、顕輔に疎外されたせいで官位には恵まれませんでしたが、歌学者で、生存中は俊成をしのぎ、歌壇の第一人者でもありました。<br>
また、「袋草紙」の著者でもあります。
</p>
<h5>雑学・豆知識</h5>
<p>
作者が何歳の時に詠んだ歌なのかは、多数の説がありますが、30歳説が現在一番信憑性があるといわれています。
</p>]]></description>
         <link>http://www.100karuta.com/090karuta9/084.html</link>
         <guid>http://www.100karuta.com/090karuta9/084.html</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">090karuta981番～90番</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">25050onjhaは行の作者</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 13:38:51 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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